LOVE AND GLORY

サイキックの眼

弥縫の人生

 
 
弥縫の人生


弥縫(びほう)とは
└ 欠点や失敗を取り繕う
弥 とは
└ あまねく(最も・ひろく)
縫 は
└ 縫う

つまり
「弥縫の人生」とは
「取り繕った人生」という意味。


縫い合わせで、取り繕った、人生。
縫い合わせで、取り繕った、家族。
ここから話しを始める。


取り繕う…体裁よく…
中身なんて今さらどうでもいいし、どうしようもない。
欠点や、失敗さえ、見えなきゃいいんだ。

『じゃあ、なんで欠点や失敗ばっかりなの?』
『どうして取り繕うの?』

ここに必ず原因がある…
天災や自然災で起こった事に欠点や失敗という言葉は使えないし、
自然の中で起こっている事象に、有り合わせで取り繕ったモノなど存在しない。
例えば、天災や災害にあってしまったら、
体裁よく取り繕うなどということはしないよね。
でもこういったときに必ず浮き彫りになってくるのが
「人災ではないか!?」という行政に対する声。
だから、最初っから有り合わせの縫い合わせの間に合わせだった…
そうしたらば、まあ決まって「党を解散します!
またゼロからの再出発をみなさん応援してくださーい!」
どうしようもなくなって、
欠点も失敗も隠せなくなって『破綻しました宣言』をするわね。
そしてまたゼロから「弥縫策を講じる」ってわけだろぉ。
そしてまたゼロからの?
縫い合わせの取り繕っただけの党や政治が、
新たな策?のスタートを切るぅ~。

つまり、
「弥縫」→「破綻」→「弥縫策」→「弥縫」→「破綻」→「弥縫策」→ 繰り返し

ここに必ず原因がある…
それは、
「欠点や失敗を克服したり、着目し続けたり、
 諦めずに取り組んだり、その時間を費やしたり、
  成功に導けるものならどうすればいいのか考えたりする。」
これをせず、
「有り合わせ、安直な体裁、取り繕っただけの選択をしてきた。」
これが「弥縫の人生」の始まり!ってわけだわ。

政治家?や大会社?は、
弥縫の果てに弥縫策も講じず「解散=破綻」で済むかもしれないが…
家族はそういう訳にいかないんだ。
これが今回のテーマ。

取り繕うことを悪くは言ってない、それが必要な時がある。
有り合わせの端切れ布で破けた所を繕い、
綻びを応急処置する時だって人生には必ずある。
だがしかし…
この応急処置の日々がずっとで、毎日が綻びで、
有り合わせの端切れで繕い続けている家族が多いこと。
これって、何れ必ず破綻する家族なんだわ…
或いはね、破綻寸前がずっと続いて、その都度、
何らかのテコ入れ端切れ布を買い続けなけりゃいけないし、
体裁用テコ入れ端切れ布のドーピング購入費用だけで、また破産してしまう。
いやいや、テコ入れ購入費用ならシッカリ貯め込んでおりますわん!って家族も多い…
だがしかし!
必ずアレルギー性の疾患や、
ノイローゼや何らかの病気を発症している。
いくら金だけで体裁を維持し続けて、
家庭を存続させていたとしても、
身体や精神は破綻寸前なのだわ。

ただただ取り繕っただけ。
着たくもない服を、
ボロボロになって破けても綻んでも…着続けなければならない。

でもそれが
お気に入りの服だったら?
ぜんぜん違うわね。笑
ボロボロでも、いつまでも手直しして着続けたい。

じゃあ何が違うのか?
何処の何が違うのか?
何処からが違ってくるのか?

理由は、細かくは千差万別です。
それはカウンセリングで個別に詳しく紐解いていくんですが、
そのすべての方々の共通点で言いますと、
「欠点や、失敗を、世間から隠す為に。」
この原因が、その親族の過去に必ず存在しているのです。

深くも浅くも、この場では何も言いませんが…
人生に色んな出来事がある。
人に言えないことは誰でも持っている。
だが、ぼくの眼から視ても…そういった出来事なども、
原因はハッキリと在るものなんです。
仕方ないことや、道理に外れたこと、
どうしようも出来ないことが降りかかってしまった…など。
誰でも、どこの家庭にもあるわね。
だけど、だけどね…
「取りつく島もなく…欠点を直すことも出来ず、
  あの時の失敗は仕方なく、どうしようも無かったんだ」
こうやって言える事なら良いんですが。
色んな方々の話しをお聞きしてきて、
精神的にも身体的にも八方ふさがりで困っておられる方々の共通項として、
僕の眼から視て言えることは。
「失敗を隠す・偽る」「欠点を隠す・偽る」
これが、親や祖父母、親族先祖まで行っている。
つまり、嘘に嘘を重ねるわけ。
もちろん相談者本人もそれを暗黙の了解で強いられているわけで、
ノイローゼのアレルギー三昧の状態です。

世間体と社会性?の為に、早急な応急処置をとる、その為に平気で嘘を付くようになる。
「じっくりと腰を据えて、着たい服を着るためにはどうしたら良いのか考える」
「その為には、どんな技術と、どんな布地が必要かを勉強する」
これをせずに…
「どの服なら失敗を隠せて、どのブランドモノだったら欠点が隠せるのか」
こんな偽った選択をする。
うんだもんで…いつ綻びが出るか、家族内で戦々恐々となってですな…
ほんでもって~っ!!家族内で互いに互いの綻びや失敗!欠点をあざ笑うようになるんだから!!
これを破綻と言わずして何と解く?

だから、解決策は、
「ひとつひとつ着実に問題を解決していきましょう」
このようにアドバイスしている次第です。
大変ですよ、簡単ではない。
何故なら、家族親子の絆・故郷のぬくもりや安心が、
「失敗と欠点を隠すこと」なんだから。
「失敗と欠点を隠すこと」が出来るのが幸せで安心出来る家庭のぬくもりって、
心が感じるようになってるんだもの。
そしてこのご家族様には特別にダブルチャンス、
「いがみ合い」と「ののしり合い」が漏れなく付いてきます。

「失敗」と「欠点」
隠しても、子孫に受け継がれていきます。
失敗も欠点も、克服してきた人には社会では勝てません。
先ず出来る事、先ず取り組んで貰いたい事は…
『失敗も欠点も認める事』

認めるとは…
その苦しみと、悔しさと、恥ずかしさと、哀れさと、虚しさと…
正々堂々と生きていく恐怖と…
その真っさらな「ドン底」から、どうやって正直に生きてゆけるか。
適当に取り繕ってきた家庭に育ってくると、
じっくりと腰を据えて時間をかけて自分を造り上げていくことは、
精神力も体力も時間も、相当費やすことになる。

例え親や家族であっても、間違いは自らが認めて、自分で克服することだ。

世間には言えない、失敗や欠点を取り繕う為に、結婚し…させられ。
応急処置の家族が、また応急処置の子供を取り繕い。
破けて…綻んで…、失敗して。
そしてまたそれが欠点になり。
また更に取り繕って…
戦々恐々になって…
互いにいがみ合い、ののしり合い…
最初から互いが、体裁用の端切れ布だった。

『失敗も欠点も、しっかり噛み砕いて、認める作業。』
これが出発点だよ。


サイキックの眼 ヤマモト・コージ