腐った念
どうしようもない今の心。
それが、つもりつもれば・・なんらかの結果を招くことになる。
今×心=念
なにも悪いコトはしていない。
どうやって整理していいのか解らない。
解ってはいるのに・・改善しない。
解ってはいるはずなのに・・改善する気がおこらない。
捨てるOOあれば、拾うOOあり?、なんとかなるって!
でも・・。
では。
「腐ってはいない念」とは?
新鮮な今の心?
新鮮な念とは・・どのような状態か。
新鮮な想い。
新鮮な信念。
新鮮な未来。
気持ち良いですよね。
こんな気持ちで毎日、朝をむかえられたら最高です。
でも・・。
そんなコトばかりで暮らしてはいけない。
毎日色んなコトがある。
昨日も色んなコトがあった・・。
新鮮な想いで明日をむかえられたらいい。
今日は腐っても・・明日は新鮮な気持ちにリセットすればいい。
ではでは、ここで質問を。
●あなたにとっての一番の新鮮な気持ちとは何なのでしょうか?
●どのようにすれば、新鮮な気持ちに一歩踏み出しながら生きてゆけるのでしょう。
●なにが?腐っているのでしょう・・・。
ではではでは。
●ナニが?腐るのでしょう。
●ナニが?腐りやすいのか?
●腐るモノとは・・どのようなコトなのでしょう。
新鮮さの先に熟成(成熟)はあります。
しかし・・腐るコトとは、成長の前の段階です。
成熟した心と、腐った心とは・・大いに違います。
つまり。
『「腐った念」とは、成熟しない人の心から生まれているのです。』
成熟した人の心。
人が作ったマニュアルでは絶対に学べません。
なぜならば。そのマニュアルは、作られた時点で古くなるからです。
成熟した人の心は、常に新鮮な第一歩踏み続けるものなのです。
本当に成熟した心を持つ経験を積み続けた人は、マニュアルは作らないのです。
なので、マニュアル本などはスグに忘れ去られるのです。
自分でしか成り立たない領域であって、最初から共有出来るものではないのです。
買いだめて冷蔵庫の中にホッタラカシにしていたお肉。
「ちょっとくらい腐ってた方がオイシイらしいで~!笑」
「そうそう!腐ってるほうがええんやわ!笑」
でも、こういう場合もよくあります。
「誰や!買いだめしてまたこんなに沢山腐らせて、誰が食うんや!、次から次へと新しいモン買ってきて!!」
腐った食材を見て・・腹が立ちます。
もったいないから?
いいえ。
もっと深くいうと、普段から腐った念が生活に渦巻いているからです。
熟成・成熟しない人生が日々続いており・・どうしようもない状態が常にあり、そんな時に冷蔵庫という棺桶に眠っているミイラ化した食材を目の当りにし・・・。
つまり・・一番見たくないモノなのです。
カビだらけの食材。ミイラ化した野菜。
冷蔵庫という永久棺桶に保存し続けたい。
そしてまた・・捨てたくもないのです。笑
いつか・・日の目を見る時が来るやも知れず。笑
でもまた新鮮な同じ食材を上から上から入れ続けるのです。
腐ったモノは見たくない。
新鮮なモノだけ見ていたい。(アイドルとかも?笑)
腐ったモノには、新鮮なモノで上から蓋をして。
手間暇かけて熟成(成熟)したモノには憧れと尊敬を抱く。
●腐った念を持つ人は、他者を腐らせます。
●成熟の為に努力を重ねてきた人は、他者を新鮮な気持ちにさせ、他者を成熟させる力を備え、新鮮な念を携えているのです。
「腐った念」は、とことん人を腐らせます。
ちょっとキツイ言い方ですが・・甘いモノではありません。
愛されないで育った、嫌われて育った人。
真っ当な愛情表現が無かった家庭環境で育った人。
それは・・人間らしさ以前に、自分らしさの欠片も無かった人間関係のある場所です。
『「腐った念」とは、自分の新鮮さが無い状態の事を言うのです』
貧乏などで人は腐りません!
自分らしさの欠片も無い裕福さや貧しさを持つ人生こそが・・腐ってしまうのです。
嘘ばかりの人生は、必ず腐ります。
なぜなら・・成熟しないからです。
なぜ?成熟しないのかというと・・嘘から始めたコトだからです。
それは何故なのかというと?。
みな誰しも、「自分は本物で在りたい」と思っているからです。
自分の本心に嘘が無いと感じた時、新鮮な気持ちに成れるのです。
親の嘘の中で育った人は、自分の本心に苦しみます。
社会にある嘘の中で生きている人は、自分で自分を腐らせます。
これから・・更に、近親者同士の命にかかわる事件が多くなるでしょう。
どうしても、新鮮になれないからなのです。
腐りたくない。
自分だけは助かりたい。
冷蔵庫の奥の干からびたピーマンを捨てるわけにもいかず。
しっかりとしなければいけないことは、何が腐っているか?を見ることなのです。
例えば、冷蔵庫という心の奥に忘れ去られているピーマンが、何故腐っているのか?
そのピーマンをどうして無視してしまったのか?
なぜ見たくなかったのか?
なぜピーマンを腐らせるのか?
なぜ、捨ててはいけなかったのか?
なぜ?腐っても保管しておく必要があったのか?。
その理由は必ずあるのです。
それが解れば、心を乗り越えて消化し、また新たに新鮮な心を求める明日をむかえるのです。
薬で、腐ったモノが新鮮なモノに変わることはありません。
傷み古くなったモノは買い替えることが出来ます。
人間関係や仕事は、新しく心機一転!変えることもあります。
しかし、血筋だけは変えることは出来ません。
「腐った念」は、代々血筋が受け継ぎ続けてきたモノが殆どです。
2~3日の出来事などで、心が腐ってしまうことはありません。
自分に嘘の無い強さが在ることが、新鮮な日々の始まりであり根拠です。
嘘は嘘を呼び、更に人を腐らせるのです。
自分の新鮮な想いには、嘘は無いモノなのです。
サイキックの眼 ヤマモト・コージ
