
「はだしのゲン」中沢啓治氏 追悼原画展
2012年12月19日に73歳でお亡くなりになった、
漫画家 中沢啓治 氏の追悼原画展に行って参りました。
場所は、広島平和公園・平和記念資料館。
急遽企画されたそうで、資料館受付入口横のスペースに、
28点の原画(複製)が展示されていました。

戦後、広島原爆の存在は、まるで無かったかのように日本は高度成長する中、
作者はどうしても・・その理不尽な現実を漫画に起こしたかった。
終わらない原爆後遺症に苦しむ人の現実を題材に描いた初作が、
『黒い雨にうたれて』です。
ストーリーは、原爆孤児となった主人公(表紙絵)が、
大人になって殺し屋になっているところから始まります。
ある時主人公は、遺伝性原爆後遺症で、
眼の不自由な少女と出逢うのですが・・・。
作品は読み切り短編です。
ここでは詳しく書きませんが、作中このようなシーンとセリフがあるのです。

主人公 「平和ちゃん(少女)の目でよーく
みつめていてほしいのだ
また、この日本が戦争をおこさないように」
「そして原爆を二度と落とさないように
よーく見張っててほしいのだ」
「約束してくれるかい………」
少女 「うん」
主人公「もしも・・・もしも原爆を落とそうとした奴がいたら
噛みついてくれるかい」
少女 「うん」
主人公「そして、いま苦しんでいる父ちゃんや原爆をうけた人たちが
このまま見捨てられないよう見張っててくれるかい」
少女 「うん」
主人公「約束したよ」
少女 「うん」
主人公「指切りしよう」
少女 「うん」
眼の不自由な少女に、命短い主人公が自分の眼を移植するよう少女の父親に約束する・・。
そのあとに少女と交わすセリフです。
そして次は「はだしのゲン」

作中のゲンは、中学を卒業したのち、
絵の勉強を目標に広島から汽車で上京するところで終わっています。
この原画は、その続編を描かれたものだそうです。
汽車が東京に着いた様子。
漫画絵はこれだけで、次のページでは吹き出しにセリフがあるだけで、絵はありません。
主人公ゲンは、勿論作者自身です。
何故ここで終わっているのか?
僕は原画展のこの絵を見ながらこう思いました。
ゲンは、作者のもう一人の自分。
ゲンは自立を果たす為に広島を離れて東京に出る。
作者自身はそうしてこられた。
しかし・・もう一人の自分であるゲンは上京出来なかった。
上京させることが出来なかった。
何故ならば・・、作者自身が「まだ」原爆の辛い体験を表現しきれていないからなのではないか。
まだ描ききれていない。
作者自身の肉体と社会と世間は止まることなくどんどん進んでゆく。
しかし被爆体験の体と意識は時間が止まっている。
まだ描ききれていない、表現しきれていない。
ゲンという作者自身が、まだ原爆投下の8月6日に居る。
この未完の続編のひとコマを拝見して、そう感じました。


諦めたくない。
諦めてはならない。
忘れてはならない。
無視してはいけない。
真っ直ぐなゲンの笑顔に、胸が痛くなる思いがします。
痛くても、辛くても、自分の想いは忘れてはならない。
忘れなくていい!。
ゲンの歌う軍歌の替え歌や、大声や泣き声が今にも聞こえてくるようです。
『さよなら三角、また来て四角!!
四角は豆腐、豆腐は白い・・・』 (泣)
サイキックの眼 山本 コージ
■ 漫画家 中沢啓治 氏 追悼原画展
2013年1月10日~31日
広島平和記念資料館
(写真はすべて原画展を撮影したものです)
■ 『はだしのゲン』 中沢啓治氏 訃報 も併せて、ご閲覧ください。
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